そらマメさん鉄道局・流通局

ココでは新聞の流通考察・鉄道旅行話などを。

論調の違いにどう立ち向かうのか

 ……という、シンプルでなかなか難しいジャーナリズム論だが、私はこう考えた。

「牛乳を宅配したはずなのに、ある業者はフルーツ牛乳、ある業者はコーヒー牛乳を持参。しかし、読者は "別に美味しいから、ソレでいい" と納得した上で飲んでいる」

 あくまでも例え話に過ぎず、決して牛乳屋を批判している訳ではない。ただ、この場合は「普通に考えりゃ、注文したのは生乳の方であり、フレーバー味ではない」なので、ソレでいいで納得している客は考えものだろう。

 日本の新聞は宅配制度があっての民主主義、という建前論がある。論調の違いで世の中を考え、多角的に情報を集めることで社会勉強に繋げると理想を主張しても、実際の所は「新聞を取らされている」のが実情であって、客観性を無視した記者の妄想よりも、ムラの話題やお悔やみ欄といった、あまりにベタすぎる身近な話であるかどうかを正しく伝えることが求められている

 どこかの新聞社は、変化球(論調の違い)で情報伝達を試みようとするが、勧誘員からやや強引に契約されている立場からしてみれば、そういった記者の「営業ネタ」は謹んで貰いたいもの。もちろん、最初から独自のフレーバーを楽しみたいという読者が狙って契約をするなら、話は別。

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後味が宜しいようで。

 米国に見られる取材記者のように、一匹狼で一人前のジャーナリストになるためには、まずは地方の小規模マスコミなどで徹底的に経験を積み、ある程度の実力が認められたら、NYTとかWPなどに就職して、バックヤードにいる指揮官と共に権力に立ち向かう、それで経験を積んでいくのが理想的。

 だが、日本は「新卒大学生を雇って、そこで同じ組織の仲間として会社が育て、そして権力者と一緒に揉まれながら仕事をする」という、言ってみれば「会社員」と同じ。コレではまともな記者が現れるはずがなく、権力監視も単なる「そう言っとかんと」というポーズと見られても仕方が無いだろう。あくまでも新聞を家庭に宅配するためのサービス業、と考えれば、宅配サービスを利用したい顧客層が誰なのかも、自ずと見えてくるはずである。