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毎日新聞50,000号記念

 毎日新聞のうち、旧・大阪毎日新聞系統に相当する大阪本社版・中部本社版・西部本社版は、10月3日付で創刊から50,000号を達成した

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毎日新聞50,000号記念!

 東京本社版とそれ以外では50,000号達成のタイミングが異なるが、前述の通り、大阪本社版の毎日新聞は、1882(明治15)年2月1日に創刊された旧・日本立憲政党新聞がルーツとなっている。そこから大阪日報→大阪毎日新聞と題名が代わり、1911(明治44)年11月に現在の東京本社版に相当する旧・東京日日新聞社と合併した。

 現在の西部本社は、1919(大正8)年3月に関門支局を設立し、同年11月1日から大阪毎日の付属品扱いで「西部毎日」を発行したことが出発点となっている。後に福岡支局の設立・関門支局との統合化で西部総局に格上げされ、1935(昭和10)年11月から現地印刷を開始。戦時中の一県一紙体制が進むと、1943(昭和18)年に大阪毎日と東京日日が合併し、現在の毎日新聞社と各地域本社に分割される。

 戦前・戦時中の関門・西部は、当時の満州国における中継地としての役割があり、戦後は北九州工業地帯の形成に伴う経済の要衝としての役割に転換した。現在は登記上の本社こそ小倉北区にあるものの、北九州は単に取材拠点として残している程度で、事実上の総本部は福岡市中央区天神に移動している。

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西部本社版は、中面に西部毎日の歩みを記した特集ページがある。

 手元に残っている新聞は、西部本社版に加えて、別の方からいただいた中部本社版の2つがある。中部本社は、立場上は大阪本社の所轄にあるものの、記事の中身は東京本社版をベースにしているため、実質的には未だに50,000号に達していないと解釈した方がよいだろう。特集面も掲載されていない。

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中部本社の目線では「大阪毎日系統の話」程度にしか見られていない。

 中部本社ではあるものの、肝心の名古屋・中京圏ブロック紙中日新聞が天下を取っており、シェアは他の全国紙同様、著しく少ない。そのため、配送を除いて印刷業務は中日新聞社の印刷工場に委託している。

6万号に達する日は来るのか?

 どうにか5万号に達することが出来たものの、最近の毎日新聞は深刻な赤字経営が続き、支局・県版の見直しや記者の大幅削減、1億円にまで資本金を無理やり減らして「中小企業」扱いに降格、取材力の大幅低下、異様なまでの最終版切り上げ、委託先のスポーツ紙休刊に伴う受託物の収入減少危機、大都市であっても販売店を委託化、一部の不動産を売却 ……など、例を挙げるとキリがない。

 51,000号に達する前に消滅するのではないかという危機が強いが、ココまで来たら報道を完全に放棄して、タブロイド判まで縮小してモノカキ(オピニオン)雑誌でメシウマ路線でも良いのではないか。そうすれば記者も必要ないし、毎日新聞のお得意様であるジャーナリストや思想家・活動家の意見だけ載せて「サンデー毎日」っぽいモノに仕立てられる。読者は激減しても、毎日新聞という一つのブランドについていく読者は一定数いるはずである。