そらマメさん鉄道局・流通局

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2024年の新聞業界を振り返る

 2024年の新聞業界を振り返るならば、やはり、廃刊・配布体制見直しに舵を切った銘柄が際立って目立った一年だったと言える

廃刊・配布見直しラッシュに振り回された一年

 参考までに、廃刊・配布見直しの目に遭ってしまった銘柄を、ココで軽く紹介したい。

fuwafuwaame.hatenablog.com 廃刊・配布体制見直しに陥った銘柄は、それぞれで理由が異なるものの、性質を分析するならば、

  • 単に売れないから廃刊
  • 紙媒体より電子版の方がコスト削減に繋がるから
  • 粘り強く発行はしたいが、一方で少しでもコストは抑えたい

 の3パターンに分かれる。

 「単に売れないから」は、まあ、言うまでもあらず。時代に適さないのであれば、潔く撤退する。その分野における表面的な報道の使命は、確かに終わりを告げたと解釈は出来よう。

 寧ろ、「輸送費・原材料費が馬鹿にならない」という理由で廃刊・配布見直しに陥った事例としては、毎日新聞富山県内配布打ち切りが一番衝撃的だった。どんなに「市民(謎)目線での報道を」と、左派系活動家の機関紙路線を打ち出しても、報道と販売・供給は完全に別。富山県内の場合、産経含めても1,000部未満と、輸送コストで経営マイナスに繋がる状態が続いたことから、撤退を決意している。

 今年の廃刊ラッシュは、原材料費高騰・輸送体制の2024年問題対応から、やむを得ず撤退となった事例が殆どであり、しっかりとした人員と販売店の堅持・紙媒体契約読者が老若男女いれば、もう少し延命できていた可能性が高い。

 やはり紙媒体での供給は、昨今の人員不足の前では適うはずがなく、かといって、電子版普及をテコ入れしても、紙媒体とは比較にならないほどの脆弱な広告収入のもとでは、撤退・縮小路線で凌ぐしか手段がなく、値上げ効果による読者の負担増も相まって、更なるスリム化・弱体化・特定思想の読者への歪な忖度を強めなければならず、ハッキリ言って、悪循環である。

2025年の展望

値上げするなら「強気」で行け

 最後まで値上げを保留した読売新聞も、専売店・委託店の減少による直接的なFC収入が減少したことが確認できたため、2025年元日分から他紙とほぼ同等のセット価格に値上げする。これは以前からもチラホラと話が出ていたため、グランドスラム売店に勤務する自分からすれば、全く驚きはない。

 今後も、販売店の淘汰や、それに伴う残紙の削減・印刷工場の削減・輪転機製造撤退・新聞用紙の更なる価格上昇が続くことが予想されるため、2025年以降も値上げ・配布見直しは継続する見通し。

 で、これは一介の配達員の感想に過ぎないのだが、どうせ年寄りと気の利いた活動家しか購読しないんだから、次に値上げするときは「強気の姿勢」で行っても問題ない

 オールドメディアと罵られようが、それに慣れてる年寄り・活動家からしてみれば、たかだか購読料が月極500円値上げしたぐらいではビクとも反応しない(寧ろ、喜ばれる)。であれば、セット体制を堅持する場合、もう、思い切って6,000~8,000円台で発売しても、十分ペイできると思う。材料費・製造工程の更なる縮小化が続く以上、需要に見合った価格帯まで調整しても、何ら文句が出ることはないし、カネを出してでも「推し」の新聞を粘り強く死守していきたいと思うのであれば、実質カンパとして投資することは筋が通る。

取材と販売の完全な分離化を

fuwafuwaame.hatenablog.com

 今年は徳島新聞の「お家騒動」が起こった。単純に言えば、あくまでも経営の健全化を図る法人と、編集部署の分離化で、報道の自由が踏みにじられると危機感を覚えた記者たちによるプロレス乱闘に過ぎないのだが、一介の配達員の視点からすれば、「配れればそれでいい」という程度の認識でしかない

 正直、報道部署というのは、成長分野にならない(報道の是非や、日本の報道機関が抱える様々なメディア問題はココでは触れないが、会社員記者なのに、どうして「上から目線」「辻褄が合わない」「誰かの代弁に終始」なのか疑問に感じることはある)。一方で、全国紙・県紙、どちらも「取材・発行しなければ、ジャーナリズムが萎縮してしまう」という謎意識だけは、左右関係なく共通事項として認識されている。

 となれば、小規模の新聞社も含め、

  • 取材・編集業務を行う報道部署は「報道・調査会社」として独立。
  • 販売・印刷・配送を行う供給部署は、他紙の販売業務を総合的に受託する形で、「供給会社」として独立し、新聞社の連結子会社からも離れる。

 このような形で、同一法人の中での「編集と経営の分離」を更に進め、「法人としての新聞社」が報道に依存しない経営体制を構築することで、地場産業として生き残って貰う方が延命できるだろう

 報道・調査会社として独立した法人としては、会社の柵みがある程度緩和されるため、地方紙であれば共同通信が全国共通の紙面を製作し、取材記者は共同の仕事を受託するか、共同通信等に再就職することで対処。それを地方紙名義で提携先の供給会社に印刷・配布を委託し、供給すればいい。

fuwafuwaame.hatenablog.com

 記者職の仕事は重労働であり、基本的に若手・現代人からは敬遠される仕事。一方で、左派・右派問わず、報道の立場を通じて強くメッセージを打ち出していきたいと考えるクリエイターがいるのも事実。分離化を図ることで、互いが足を引っ張り合う構造とは距離を置く方が、まだ報道機関としては延命できるよ。

渡邊主筆の「崩御

 新聞業界そのものにおける一番の衝撃といえば、読売新聞主筆の渡邊恒雄氏が「崩御」あらされたことだろう。言わずもがな、日本政治のフィクサー役であり、プロ野球再編問題で揺れた、何かとお騒がせのアノ人である。一介の配達員の視点からみれば、「終わりよければ、すべてよし。お疲れさまでした」

主筆崩御を称える読売新聞、完全にケンカ腰で叩く朝日新聞系。

 ここ最近は体力が著しく弱っていた上、インターネット大嫌いな主筆の思惑とは裏腹に、読売新聞グループ本社としては、電子版を大幅に推進する(「読売333」や法人向け電子版の強化など)、不動産投資を軸に、巨人軍を含めたグループ会社を再編させて、紙媒体売り上げ減少でもやり過ごせる体制への舵取りを進めていたあたり、渡邊氏の進退問題が懸念されていた。賛否はどうあれ、まあ、大往生ENDだったでしょうね。

 寧ろ、渡邊氏の負の側面とどう距離を取るつもりかという視点からして、今後の読売新聞は、今までにない迷走期で苦しむ可能性の方が大きいだろうなと腹括って考えている。

※電子版推進とはいえ、山口社長も「電子版に偏るのはチョッと」ぐらいは意識してるはず。読売新聞社とそのグループ会社は、良くも悪くも「メディア事業のことをちゃんと分かってる人が経営に携わっている」印象。いわゆる記者上がりがそのまま経営に関与し、現場と乖離した報道や、販売・供給の潰し合いに明け暮れて、「何となくジャーナリズムやってる」で迷走しまくる朝日新聞社毎日新聞社等とは違う。