そらマメさん鉄道局・流通局

鉄道旅行・新聞の流通考察・雑談がメイン。

即売に興味を持たなくなった理由(休刊日というこの日に)

 昔は、遠方地のコンビニや駅売りの新聞とか見ると、ワクワクしながら銘柄を見つめ、予算があればたくさん新聞を買うことが多かったが、最近はメッキリ減っている。

 前提として、「偏向報道だから」というのは全く違うし、そういった理由で敬遠することはあまりない(そういうものだと割り切るが、あまりに酷い時は敬遠する)。「偏った発言ばかり行って、国民の足を引っ張る行為ばかり伝えるから、新聞離れが加速するんだ?」 う~ん、それもあるけど、そうじゃないんだよな。じゃあ、何のかというと、多分、これである。

1. ネットで代替できてしまう

 回避のしようがない案件だが、昔は早版・遅版の違いで紙面がガラリと変わったり、電子版とは距離を置いて、最終的には紙の新聞に情報を刻むことを前提に紙面を作っていたため、電子版のニュースは参考程度に留めることが多かった。でも、今は電子版の方が主体だし、昨日のニュースが遅れて掲載される事案に対し、わざわざカネ出してまで買おうという気にならない。

 いくら銘柄集めが好きな自分でも、ネットで十分です。はい。

1-1. 早版・遅版の概念が事実上消滅

 先程の「早版・遅版」だが、昔は新聞を配送する場合、どうしても編集→印刷→配送に時間が掛かることから、遠方地は締め切り時間と店着の時間帯を考慮し、早めに印刷時間を切り上げて印刷を開始していた。逆に、新聞社・印刷工場に近い所では配送時間がそんなに掛からないため、そこでは出来る限り最新のニュースを刻み、最後の締め切り時間(最終版)で、事実上、当日分が完成する。

 なので、同じ銘柄でも、遠方地と新聞社の近所とでは紙面の中身が全然違っていたりするのが当たり前で、それを比較して楽しめていた。

 でも、今は新聞の発行部数も少なすぎるし、契約している世帯も激減。年寄りと偏った思想家・市民団体あたりがこぞって購読する程度のシェアな上、電子版でニュースを流した方が直近の情報を発信することが出来る。そのため、早版・遅版の違いを持たせるとなると、配送・ランニングコストも馬鹿にならないため、どの新聞社も、原則として「一回刷り」になった

 スポーツ紙の場合は、ナイター戦の結果次第で紙面が変わることはあるが、その場合でも遠方地には極力スポーツ紙を持ち込まないように調整し、出来るだけ新聞社・印刷工場に近い所のみ供給するようにすることで、極端な早版・遅版が起きないように配慮しているため、昔ほどのエキサイティングな展開は絶望的である。

 一回刷りに変わることで、正確なニュースを伝える路線とは距離を置き、変わって、オピニオンや思想家・市民団体(謎)の主義主張を全面に押し出す読み物・エモ記事ネタだらけになり、新聞の役目である直近のニュースを伝える役目を、実質的に縮小・放棄したと言い切って差し支えない。通信社から送られてくるコラムも大幅に増強され、無理して即売を出す意義も薄れている。

2. 選べる銘柄が激減した

 読者離れや情報媒体の変化などで配送体制も見直され、一時期は博多駅小倉駅に大量にあった、普段目にすることのない特殊銘柄も、段階的に消滅。今じゃ一般紙とスポーツ紙が必要最小限程度に置いてるだけであり、違いを見出せない。「それ、鉄道駅めぐりする前に立ち寄ったコンビニで見た紙面そのまんまじゃん」ってことになり、敬遠してしまう

2016年9月にJR湯田温泉駅内のハートインに寄った時の新聞。
在福とは違った新聞が山ほどあり、今は亡き「碁」新聞もあった。

2017年5月にJR小倉駅で売られてた即売。九州では見かけないサンスポ最終版の姿が見える。

2020年の元日にJR京都駅のハートインで見かけた「ガンジツスゴクオモイシンブン」。
京都なのに中日系があったりと、この時は複数銘柄に衝撃を受けた。

3. ストレートに言って「高すぎる」

 需要低下や新聞用紙・配送コストの高騰などで、新聞の購読料金が段階的に値上がりしている。これ自体は仕方のないことではあり、承知・理解はしているものの、やはり、一部180~200円がデフォルトになった今では、正直、敬遠してしまう。「一部200円ぐらいするなら、夏場に鉄道旅行するならポカリスエ○ト買ったがマシだ」となるのも当然のこと。

 ちなみに、自分が新聞屋で働き始めた2015年当時は、一般紙は110~150円、日経は160円、スポーツ紙は140円程度だった。それが10年経過した今では、一般紙は180~200円、日経は200円、スポーツ紙は160円(5月1日以降は全銘柄180円)なので、ロクな記事が載らない紙媒体なんか買っても無駄としか言いようがなく、やはり、きっぷ集めの資金や飲食代に充ててしまう。

3-1. 薄い

 読者離れ+スポンサー広告の撤退が相次ぎ、買い手がつかない状態であるため、自社広告・ACジャパン・新聞業界といった無料広告で紙面を占有する始末。年寄りのツテを辿るはずの通販・週末団体旅行の広告も軒並み減少しているため、広告掲載スペースが削減され、なし崩しでページ数も大幅に削られる始末。

 週末は競馬・公営競技のレース情報が載るため、多少は分厚くなるものの、それでも30pに届かない。平日は18p(紙媒体の配布を取りやめたトーチュウに至っては16p)しかなく、はっきりいって、薄っぺら夕刊を握ってる感じ。それでいてワンパターンなプロ野球の話か、大谷翔平さんの動向にほぼ限定されるため、読む気すら起きない。

薄いのはゴムだけでいいのだ!!(←自重しろ

4. 廃刊・見直しラッシュ

 「読者減→配送見直し・コスト上昇→上昇分を広告等で回収できない→値上げ→ドン引き→読者減」が無限に続いていることから、廃刊や駅売りを止めてしまう所が続出。

 現役引退した現在の高齢者たちは、かつては通勤時に駅売り新聞を購読し、その途中で新聞を熱心に読む光景が見られたものの、そうした人たちがいなくなった今では、置いてても売店は困るだけだし、配送業者も返品でマイナスになるだけ。加えて、2024年問題への対応から、配送効率の見直しや配送費の上昇が求められるようになり、結果として、赤字になるだけの駅売りから撤退する業者や銘柄が続出している。

 で、待ち構えているのは「廃刊」夕刊フジの消滅や、日刊ゲンダイの販売エリア大幅縮小、トーチュウ西スポ・道新スポの廃刊がこれにあたる。

4-1. 西スポの消滅で、「即売の顔」が消えた

他紙が羽生結弦選手の話一色なのに対し、西スポはホークスで固定とか当たり前。

別にホークスが勝っても負けても即売は売れないけど、ホークス選手が活躍してる様子を全面に出すことで、賑やかさ・在福アイデンティティみたいなのは、この頃はあった。

西スポという即売の顔が消えてアイデンティティを失い、状況次第では横並びが当たり前になって、多様性が消滅(フジメディアの不祥事は無関心)。

 西日本スポーツ西日本新聞社)も、末期は一面を強引にホークスにして、話題性ガン無視の紙面を行っていた。結局、需要低下などを理由に完全電子版に乗り換えることを決意し、2023年3月末を以て廃刊となった。

 今ではすっかり左派系活動家の機関紙みたいな立ち回りになっている西日本新聞だけど、西スポがあった頃は政治的イデオロギーやらを西スポで分散させ、即売を通じてホークス及び、在福アイデンティティを保てていたのも事実。

 西スポが消滅し、ニッカン・スポニチ西スポの後継者としてホークス情報を担うものの、やはりタカ党機関紙を失ったことに対する失望感も含め、代替は上手くいっていない。西日本新聞そのものも、西スポ廃刊後に在福以外の地域で発行部数を大幅に落としており、肝心の西日本朝刊でもホークス話は限定的なため(電子版で代替としているため、ホークス情報を無理して載せる必要性がない)、在福アイデンティティはほぼ失われ、ただ単に政治的イデオロギーだけで紙面作ってる印象が拒めない。地域欄も共同通信のコラムが大幅に増強されて地域情報が激減しており、かなり苦戦している様子が伺える。

5. スポーツ紙最後の要・競馬欄も怪しい

 スポーツ紙は週末競馬・公営競技面が売りなのだが、全盛期に比べれば大幅に部数を落としており、公営競技開催件数も、昔に比べて減少傾向にある(ギャンブル離れも拍車をかける)。競馬場に出向いても、そこでの即売は以前より減っており、競馬専門紙も廃刊が相次いだこと、電子版でウマを予想するのが当たり前になり、紙媒体で予想するオッチャンも減少してることから、競馬・公営競技欄の存在も黄色・赤信号が灯る始末である。

佐賀競馬場にある新聞即売も、たったこれだけ。
競馬専門新聞も軒並み廃刊、または減少し、競馬場ならではな光景も遠い過去の話になりつつある。

5-1. アダルト面の消滅、または激減

 スポーツ紙ならではのアダルト面も、表面的には女性の社会進出や人権への配慮、ジェンダー問題などを声高に叫ぶが、実際の所はインターネットの普及に伴い、風俗情報は電子版で配信した方が割に合うからスポーツ紙を頼りにしなくなったのが現状であり、紙媒体への広告掲載は敬遠されている

 結果としてアダルト面を載せる必要性が大幅に薄れ、廃止・頁数削減に踏み切る銘柄が続出。デイリースポーツや夕刊娯楽紙などがこれにあたる。東スポ九スポは頑張っている方だが、下段部の広告を見ると【察し】なあたり、時間の問題だろう。

結論

 これらをまとめると、

  • 電子版での供給が当たり前となり、紙媒体の必然性が大幅に低下。
  • 読者減少に加え、配送・印刷に対するコストが大幅に上昇し、段階的な値上げで客がドン引き。
  • ページ数が薄すぎるくせに高い。薄いのはゴムだけにしとけ。
  • 配送業者が紙媒体新聞の持ち込みを敬遠する。
  • 早版・遅版とで「時間差紙面」を作る意義がなくなり、ニュースを記載するのも面倒。だったら活動家の与太話でも載せとけって話になり、惰性と慢性と前例と勢いだけで作ってる。
  • 高齢者や現役引退世代をアテにできなくなった。
  • 広告収入が期待できない。

 こうした状況下に悩まされ、結果として、廃刊か販売エリア縮小化・当たり障りなき紙面構成でワンパターン化で多様性が失われ、購買意欲が低下しているものと分析する。

 ガンジツスゴクオモイシンブンの時や、遠方地に出かけた時に県紙を買うのがお約束となっているが、そうは言っても、今年のガンジツスゴクオモイシンブンは、大幅に購読銘柄を縮小している。銘柄を見ることが好きな自分でさえこの有様なので、近い時期になればコンビニ・駅売り・競馬場即売も消え、30代の時の思い出として歴史改ざんしまくりの語り部みたいな形になっていくんだろうな。

 

 今日は新聞休刊日です。