そらマメさん鉄道局・流通局

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【秋の新聞週間2025】 いわゆる "活動家記者" の傾向

 特に左派系の信念を持つ取材記者に見られる(別に左派特権ではなく、右派系にもそういった奴がいる)、いわゆる「活動家」気取りの記者。端から見た感想として、概ね、下記の傾向がみられる。「誰」とは名指ししないが、まあ、あいつか……程度でみることを薦める。

AIが描いた「活動家もどき」記者

傾向の種類

同調を求めるやつ

同意を求める割には「声がデカいだけ」。うるさい。

 「少しでも外国人政策の見直しを言及する奴は、全員、排外主義のネット右翼によるヘイトスピーチだ!」とか「夫婦別姓政策に反対するのは、日本人が右傾化した証拠だ!」 ……など、客観的事実や実際の生活事情などを一切無視し、感情的に大声を出して同意を求めたがる記者。誰とは言わんけど、どっかの地方紙記者などでこういった言動が目に余る。

 実際には現場の事情に合わせて政策を行っているだけで、既存の法制度に不備がある場合などは状況に応じて修正すればいいのだが、それを行うと自分の信念が傷ついたと勝手に思い込み、SNSやリアルでのデモなどで大声を出す。でも、同意・同調を求めたがる割には、持論の中身がメチャクチャ・支離滅裂・荒唐無稽で、殆ど同情されない(考えが似てる極々一部の思想家や市民団体に届く程度)。

異様なまでの承認欲求・出しゃばり

活動家というよりかは、バズりたいと思ってるだけだったり。

 前述の「同調を求めるやつ」に通じる話だが、「外人問題への言及で、日本は右傾化の道を行く、民主主義が崩壊する」などといった謎理論を大きな声で叫ぶ割には、スグにSNSに飛び込んで承認を求めたがる。「なら、紙の新聞に書く必要なくね?」なのだが、紙・電子版・SNS・テレビ、ありとあらゆる情報媒体で満遍なく言い続けるため、結局はただのかまってちゃんというキャラ立ちだったりする。

エモ記事作家

活動家もどき記者「新しい報道の姿なんです」(新宗教

 取材費が削減されて金欠状態であるものの、紙媒体は必ず発行しないと、発行を手助けする法律の都合から色々と各方向に迷惑が掛かる。

 そこで、机に座ってる記者が、何となくエモーショナルなコラムを書くことで、お茶を濁すフェイクニュースを許さないと普段から叫ぶくせに、こういった感情論や「わが人生」みたいな武勇伝だけで記事が出来上がるため、宗教紙とかはともかく、一般紙ではニュースの価値がないと思われるのが普通。でも、熱心な信者からバカウケしたと勝手に思い込み、エモ記事作家として「開眼」することに。

 報道機関なのか、それとも主義主張を熱く語る出版社なのか、よく分からんよ。エモ記事の粗製濫造はAIに任せなさい(笑)

提案・持論押しつけ

誰とは言わんが、「近所迷惑な人」と大差ない。

 「私は週刊紙の報道を見て、あなたが不祥事を犯したことを知っているの。私はね、今の日本の政策が悪くて、こうすればいいのに意見が通らないのは、民主主義が機能してないのどうのこうの」 ……みたいな持論話を、長々と提案・押しつけて、記者会見を妨害する奴。

 分かりやすいのが、某女史。そもそもロクに取材していない、SNSなどで得た超表面的な話をもとに、適当に喋り倒すだけで政府・行政の仕事を妨害する。クレーマーというか、寂しくて話したがりな近所迷惑な人を醸し出しており、見ててイライラしてくる。

やたら昔がよかった

 「昔の政治家はみんな、穏健な人ばかりだった。今は全員が右翼もどき or左翼活動家であって……」とか「昔の日本経済は凄かった。今は国民が消費をしないので景気が上がらない。景気が上がらないのは政治体制に不備があるからだ」

 など、いわゆる昔はよかった理論を押しつける記者。客観性度外視で、妄想かつノスタルジアな発想が大好き。今は今と前向きに捉え、現場を知って記事にするのが記者の仕事だろうが。

 似たようなもので「同じ話題をしつこく、何度も何度も取り上げる」というものもある。重要かもしれないが、ロコツな感情論で中身がないことに変わりなく、空しさばかりが漂う。読者はそんな、社会問題を真剣に考えながら読んでる人ばかりじゃない(圧倒的に東スポの競馬・団線や、スポーツ紙の野球の話とかに注目が集まる)。

ダブルスタンダード

右下の女性「おめーこそ誹謗中傷してるだろうが」

 「米軍基地の拡大化を許さない!」とか「女性の権利を侵害するコンテンツ制作には反対!」などと叫ぶくせに、前者はガヤの人間がカメラが回ってる時だけポーズを取って、取材が終わったらアメリカンな生活を行ったり、後者は清潔なBLとかがア~ンする行為には熱心に肯定するなど、二重解釈で最終的に自分にツケが回るロジックを知らない。で、指摘されると逆ギレ。

 また、普段からヘイトスピーチを許さないとデカい声で言う割には、当人も過激な差別発言やその行為を、心ない人間や一部の活動家・差別団体と一緒に平然と言っていることがあり、「どの口が」となる。

 強い主張でメッセージを繰り出す割には、地元や現場にいる人の声を拾えず、声のデカい活動家や外部に依存し、真に受ける。報道屋は分断国家を許さないとか言うけど、自分たちが進んで分断を煽ってどうする。

特定の政党に肩入れする or 党員が報道機関に紛れ込む

 これは報道業界そのものの悪いところ(活動家とは限らない)だが、普段から「不偏不党」と言っておきながら、特定の政党をゴリ推し・礼賛・ヨイショする行為。左派・右派は関係無い。

 中には、日本政府が指定する某破防法適用政党の党員や幹部が代筆したかのような記事も散見され、この地点で権力に屈してる。そんな状況下で活動家もどきになりきって、惨めと思わない?

共通事項

 高らかにジャーナリズムの重要性を熱く熱く語り、そのためには市民団体・人権団体や自分の理念に合致する弁護士などと共に行動せねばと語りはするが、所詮は会社員。

 SNSの利用を推進している新聞社・通信社ほど、なぜか野放しになって誰もチェックが働かない。誰かが暴走したら、その会社の空気に合わせて他人も追従する。報道機関が事実上の「ネカフェ状態」となり、取材の基礎である足で書く(現場でちゃんと客観的事実を調べる)ことすら怠る。妄想や現実離れ・あるいは明らかな誤報であってもブチキレて紙面・ネットで暴れる。そりゃ報道という名のコスプレと思われても仕方あるまい。

 で、どういうわけか、そういう報道機関ほど「カネがない」。叫べば叫ぶほど、貧乏くさくて貧すれば鈍する状態を醸しだし、ますます痛々しい。「活動家」らしき記者が暴れ回っている間にも、なぜか取材拠点がどんどん削減され、挙句には販売エリアも撤退・縮小し、それによって販売店から得られる紙媒体の収益も乏しくなる。

活動家記者は、ある意味、SNSのエコーチェンバーが生み出した「一発逆転」

 全員がそうではないが、いわゆる「活動家」もどきの記者というのは、SNS上で政治的メッセージを強く主張することで、フォロワー数が増え、似たような考えを持つ者が賛同・追従し、あたかもそれで自分自身の力で世の中が変えられるという錯覚に陥っているだけかなとみている。

 これはエコーチェンバー効果の悪いところで、実際には会社の方針で動かされているか、自分自身の理念があったとしてネットでウケても、所詮は「1on1」のタイマンの集合体でしかないことに気づかず、極度なまでに視野が狭くなって、現実社会で起きていることを見失ってしまう。

 結局、SNSを持つことで、自分自身が生まれ変わった・世の中は声を上げて変えられると思い込む「一発逆転」的なノリなのかなとみている。似たような考えを持つ者だけが情報・行動の頼りになるので、強い口調で叫ぶくせに、中身は情報の正確性などほぼゼロと言わざるを得なくなる。

 積極的に記者にSNSを利用させるスタンスの新聞社とは対照的に、読売新聞社SNS利用には消極的。「紙媒体でしっかりと軍資金を集める」「社レベルで個人記者がSNSを利用するのを敬遠させるような環境を作る」「個人記者が誤った報道や誤解を招く発言を行った場合は、社の規定で厳しく制裁される」「個人じゃなくチーム取材が基本」という、会社の論理が活かされているためだとしか思えない。得られる情報はニュースによってバラツキがあるものの、論調が極端に変化することはなく、まずはニュース、その後で雑談ものというスタンスを崩していないため、やはり安心して接していられる。

 記者いえども、会社員。SNSで一発逆転的なノリはもうやめて、原点に帰ったら?