そらマメさん鉄道局・流通局

鉄道旅行・新聞の流通考察・雑談がメイン。

筑肥線(唐津・山本~伊万里)、戦力外通告が妥当。

www.asahi.comwww.nikkei.com

 JR線のうち、1日あたりの利用客が平均1,000人を下回る線区がある場合、交通モードの転換を国土交通省(政府)主体で行っていくというもの。妥当である。確実に行って現代社会に通じた交通・街づくりをしっかりと構築することが急務と言える。

 イムリーな話として、筑肥線の山本駅~伊万里駅の話でもしましょう

 日曜日に有田・伊万里方面へお出かけした時、実質的に車でしか到達するのが難しい、山本~伊万里無人駅を訪問している。電化されて地下鉄空港線へ乗り入れし、福岡市内(空港・博多・天神)と筑前前原を結ぶ、通勤・通学・旅行のお供である筑肥線……とは程遠い姿をしており、唐津駅伊万里駅の間を1日10往復する程度、それでいて非電化・無人駅だらけ・キハ125形といった古ぼけた気動車しか入ってこない、朝夕の通勤・通学時間帯ですら空気輸送という惨状だ。

石原駅にて。1日10往復なので、運行しない時間帯の方が多い。

ゾンサガラッピング号に乗車した時以来、まともに山本~伊万里を利用したことがない……

唐津・山本→伊万里へ乗車している時の様子。
1両編成・夕方の通勤時間帯ですら、この程度。

 JR九州が発足した1987年の地点で平均通過人員が700人程度、2020年の地点では180人以下と、いつ切られてもおかしくない状態。営業損益もマイナス152億円と、とにかく「お荷物路線」であることに違いない。

www.jrkyushu.co.jp JR九州も、株式上場前までは国の保護下にあったことから、山本以西の筑肥線を切りたくても切れない事情があったとは察する。しかし、さすがに30年も経過した現在で輸送人数が大きく減り、しかも高速道路網の整備や福岡都心部への流入が進み、自動車輸送に交通モードが完全に切り替わった以上、沿線自治体が存続を強く主張するのは、かなり無理のある話である。ましては、新型コロナウイルスの流行で客足が一気に離れてしまった以上、一介の鉄道会社にユニバーサルサービスの維持を求めるのは、あまりにも酷である。

 この線区の場合、私としては「廃止」が妥当だと考える。理由としては、

  • 唐津伊万里の都市間輸送は、並行するE35西九州道が整備され、事実上、そちらがメインとなっている(筑肥線が到達に50分近く掛かるのに対し、西九州道の場合は、唐津市内の混雑に巻き込まれないことを考慮しても、概ね30分前後で到達可能)。
  • 並行する一般道路に関しても、国道202号主要地方道・国道498号の快速化工事が行われ、昔のような離合困難で鉄道輸送の方が有利な情勢とは程遠い姿になった。
  • 路線バスにおいても、並行路線となる昭和バス(唐津伊万里線)が国道202号沿いを運行しており、伊万里市大川内地区へ乗り入れする路線バスは非常に限定的。
  • 百歩譲ってBRTバス専用道方式にするにしても、昭和バスの唐津伊万里線(約50分程度)と大差なく、しかも1日10往復程度の運行であるに変わりないことから、劇的な増発・輸送力改善に貢献できるとは考えにくい。
  • 自動車ユーザーの視点でみれば、駅と目的地とのアクセスが非常に悪いことから、やむを得ず自家用車等に依存せざるを得ないのが現実であり、唐津伊万里においては農村部をひたすら走るというルート上、筑肥線を敬遠してしまう。

 こうした理由から、イタズラにBRT方式への転換を行う必要もなく、都市間輸送に関しても伊万里駅に程近い、E35西九州道伊万里中央インターが整備されれば、高速バスによる博多・天神⇔唐津パーク&ライド必須)・伊万里の連絡が更に時短化するのは確実な情勢。下手に足掻くより、速やかに土に還して、廃止の道を選ぶのが筋だろう

 どうしても鉄道を残せと叫ぶのであれば、上下分離方式を採用して、一切の鉄道施設を佐賀県保有するか、第3セクター松浦鉄道唐津まで延伸するようにして、沿線自治体が全額負担することが最善策である。その場合であっても廃止が最も理に適った答えだとは思うのだが……。

電子版朝日新聞の見直し

digital.asahi.com 朝日新聞社が提供する電子版の内容が見直され、アカウント管理の再編に伴い、それまで存在した無料会員が8月8日で受付を終了し、22日以降は無料会員であっても、原則として朝日新聞の電子版ニュースが利用できなくなる方針。それまでは無料会員であっても、有料記事を月5本まで閲覧できていた。

公式サイトより引用

 ……ま、早い話。読売新聞と同じように、「紙媒体を契約した場合に、宅配不能時の代替として電子版を使えるようにする」みたいなサービスにすりゃいいのでは。

今日は新聞休刊日です(2022年7月25日)

fuwafuwaame.hatenablog.com↑も参照。

 おはようございます。本日、2022年7月25日は新聞休刊日です。休刊日のため、朝刊の発行はございません。夕刊発行地域では夕刊を、統合版地域では翌日の朝刊をお楽しみに。

魔理沙)本来は7月11日が休みになるところだが、この日は参議院選挙開票に伴う特別報道態勢の都合上、休刊日を返上する代わりに、違う日に移動しているぜ。

霊夢)つまり、休刊日そのものは設定されているわけね。早すぎる梅雨明け宣言(その後の不安定な天気)や、高温下での新聞配達は辛かった。午前中はゆっくり寝ておきたいわね。

 最新ニュースは、新聞社と接点のある民放テレビ局・ラジオ局の番組をご覧下さい。

仕事前の朝ラジ

 通勤時はラジオ放送を聴いている。

 選局の対象はLOVE FM。これは理由があって、普段は聴くことのない洋楽がバンバン流れるためであり、気に入った楽曲があった場合には、事前にSHAZAMに記録することで後からもう一回聴けるから。

 2時半ぐらいに出勤しているが、同時間帯ではオールナイトニッポンなどが流れている。が、移動時間がそれほど長くなく、一部分だけ聴取しても「?」にしか思わないため、トーク番組はあまり聴かない。毎週月曜日はNHKラジオを除いて放送機材調整を理由に一時的に休止となるため、その時はラジオ深夜便を聴くようにしている。

日替わりANN(KBCラジオ)も面白いが、まあ、気分的にLOVE FMをチョイス。

放送機材調整を理由とした毎週月曜日は、ラジオ深夜便でも。

 オマケで就寝時の時でも。枕の隣にはサブスマホが存在し、そこでは癒やし系動画(意味深)を再生している。そうすると勝手に寝落ちして、目覚まし時計で起こされるので便利。本来、寝る前は少しばかり読書をすると寝落ちしやすいとは聴くが、ここ最近は新作本を買って読んでない。もっと増えればいいけどな~。

ベッドにはなるほドリのぬいぐるみと、ゆっくり霊夢魔理沙、ポムポムプリンを置いてる。

(魔理沙)朝日新聞不買運動 ……なんかしなくても、自然と紙媒体は消滅していくもんだぜ

sakisiru.jp 久しぶりに朝日新聞社と安倍元首相の「場外乱闘」がみられる事案が出てきた。てか、今も根深く思ってる記者がいるんだな。

 ネット上では「朝日新聞を廃刊にせよ」という声があるが、朝日の記者はヘラヘラほくそ笑って楽しんでいるだろう(小並感)。だが、不買運動など起こさなくても、全ての紙媒体は2030年頃を境に消滅・極端な統廃合をせざるを得ない運命を辿る。

www.pressnet.or.jp

一般社団法人 日本新聞協会HP「新聞の発行部数と世帯数の推移」より引用

 新聞業界である日本新聞協会が測定している結果では、2000年当時は約5370万部発行され、1世帯当たりの部数も1~2部で推移していた。その後は緩やかに発行部数は減り続け、1世帯あたりの部数が丁度1.0に達したのは2008年。直近の2021年は1世帯あたり0.57万部、発行部数トータルでも約3,300万部と、一時期のソレと比較しても驚く程に減少している。

 これは単純に、

  • 売店の減少・統廃合が進んだことによる合理化
  • 紙媒体を宅配する世帯が高齢者層に限定されている
  • 時代の変化で配達員が早朝配達をしたがらない
  • トータルで赤字になるのを回避するため、なるべく新聞の発行を抑制させている
  • 紙媒体よりデジタル配信の方が読みやすいから(新聞を信頼しないとは言っていない)

 といった、流通網の変化に対応しきれないのが一番の要因である

 こうした状況下では、一人当たりの配達員に掛かる負担が極端に大きくなり、昔以上に退職してしまう事態が多発するのは無理もない。新聞屋が統廃合を繰り返せば、その分、発行部数も減らさずを得なくなり、新聞社本体としても

  • 印刷時間の繰り上げ(早起きする高齢者に配慮)
  • 高齢者や、一部の偏った思想を抱く読者に対し、過度に意識しすぎた報道を連発(購読者の食い止め)
  • 総局・支局・通信部の統廃合で、記者に掛かる負担が重くなり、離職者が相次ぐ(または希望退職で人員削減)
  • 限られた人数のもとでの取材は困難なため、速報性からオピニオン雑誌のような登壇紙にシフト
  • サイドビジネスの不動産もアテにならず、売却・再編などで資産の切り崩しに必死になる
  • 地方紙の場合は自社取材を諦め、共同通信時事通信の記事で対応するも、肝心の通信社も地方紙等から上納金が入らなくなるため、共倒れになる懸念

 といった具合に、負のスパイラルに陥るばかりである。

一般社団法人 日本新聞協会HP「新聞・通信社従業員総数」より引用

 「朝日が曲がっている」というよりかは、元々が宅配依存で成立してきた日本の新聞業界が時代に対応しきれず、かといって有料課金ビジネスが殆ど成立しない海外の事例と同様、日本も成功した新聞社は米粒程度で、結局は宅配に依存しつつもPV稼ぎで細々と取材・販売をしていかざるを得ないためである。こうした状況ではジャーナリズムの重要性を幾ら連呼しても体力戦となって弱体化するだけであり、自滅するか法規制を緩和して大規模な新聞社・通信社の再編でもしない限り、存続は困難である。

対策

 考えられる案としては、

  • 銘柄ごとの販売店方式を止め、書籍・雑誌の流通と同様、卸売業者(地域区分即売店)が一括で新聞の流通をコントロールし、そこから各地域の配達代理店(旧・販売店)に輸送させた上で配達を行う。
  • 配達代理店が地域内の存在しない場合は、第三種郵便物の取扱に慣れている日本郵便会社が代配。
  • 「朝刊」「夕刊」の区分を無くし、原則として1日1回刷りの体制に変更。
  • 速達を強要する購読者がいる場合には、例外措置として速達運賃を課すように見直し。
  • 安定した新聞社の経営を望む場合は、業界内で話し合いを行い、ネット配信を全面的に禁止するように議論。その代わり、印刷・収納・宅配時間は完全に一律時間とするように調整。

 このようにして落しどころを模索するのが現実的ではないだろうか。

ついでいうと

 朝日新聞の記者は、良くも悪くも「一匹狼」のようなスタイル。職歴として残る程度で、朝日新聞の社員として働いている印象はあまりない。

 これは報道の自由を最優先に考えるため、記者の最善を尊重する姿勢だから。なのでとんでもない大誤報を犯しても、新聞社としてはそこまで厳しく叱責しない。

 一方、競合紙の読売新聞は記者の裁量が殆どないとされ、主筆(新聞社)の意向に沿って「軍団戦」のように記者・販売等が動くスタンス。なので、読売で朝日がいつもしでかす誤報を犯そうとでも思えば……(察し)。

 また、新聞の売りさばきに関しても、読売新聞は最近になって、電子版の公開を徐々に緩和する姿勢に転じている一方、紙媒体の宅配は必ず行うという原則を貫いている。反対に朝日新聞はそこまでこだわず、紙媒体では不採算と判断した地域が出た場合、素っ気なく退場、または別の新聞販売店に業務委託をしてしまう傾向にある。

魔理沙)自由を尊重する代わりに、正確性を犠牲にするか。
霊夢)あるいは正確性を重視するため、自由を制約するか。

新聞休刊日が入れ替わります(7月11日→7月25日) ●

 7月の新聞休刊日は、本来ですと11日(月曜日)になるところですが、前日の7月11日に第26回参議院議員普通選挙の投票・即日開票に伴い、特別報道態勢をとることから、休刊日を別の日に移動する形で返上させていただきます。

 なお、振替日は25日(月曜日)となっておりますので、ご了承いただきます

 なお、7月11日の特別朝刊におきましては、選挙の開票結果を出来るだけ正確にお伝えするため、通常とは異なる特別態勢での編集・配送を行わせていただきます。配達開始時の地点で、既に日が昇っておりますが、ご理解いただきますようお願い致します。

期日前投票を済ませてきました

魔理沙)例年同様、今年も期日前投票を済ませたぜ。

 私は期日前投票が開始された、6月23日に投票を済ませてきた。「早すぎィ!」という声もあるが、まあ、要件2の「私用があるから」を満たすのは確実な情勢なので、ソレで。実際に誰に投票したかは、開票速報が始まった後でジックリと話せればいいかなと。

魔理沙)執筆・追い掛け地点では、まだ開票が行われていない。
そのため、立候補者ボードは中立性を理由にボカシを入れさせて戴いたぜ。

 現段階では立候補者ボードは中立性を理由にボカシを入れているが、開票が始まる11日20時以降は、一部の立候補者を除き、解除する方針。

ちなみに。私なりの選挙予想

  • 自民党:余裕で大勝利。憲法改正に必要な2/3は届くかも?ぐらいの勢い。
  • 他:軒並み減少。

安倍前首相銃撃事件の翌日の新聞

魔理沙の言うとおりだが、一面見出しが全銘柄横並びというのもレア。

 在福全ての一般紙において、一面見出しが「安倍元首相 撃たれ○亡」となっている。事件の内容は同じでも、普通だと新聞社どうしで微妙にタイトルを変えることはするが、ココまで完全に一致しているのは珍しい。

 興味深いところを幾つか取り上げる。

全新聞揃ってテロ反対声明

  • 西日本新聞 「民主主義への暴挙許されぬ」(報道センター長 山崎健
  • 読売新聞 「卑劣な言論封殺 許されぬ」(東京本社編集局長 前木理一郎)
  • 朝日新聞 「民主主義の破壊許されぬ」 ※社説扱い
  • 毎日新聞 「暴力で封殺 理なし」(毎日新聞社主筆 前田浩智)
  • 日本経済新聞 「許されぬ蛮行」(論説フェロー 芹川洋一)
  • 産経新聞 「卑劣なテロを糾弾する 計り知れぬ大きな損失だ」 ※社説扱い

 全ての一般紙で、論説・編集委員級の方による暴力反対声明が掲載されている。但し、朝日新聞産経新聞は社説として掲載

 産経の場合、安倍氏と接点が深いこともあって、彼の経緯を称えつつも暴力反対を明確にしているのに対し、朝日は過去のテロリズム現代社会でも再現してはいけないという表現に留まる。前者はともかく、後者はどことなくモゴモゴした印象があるが、安倍氏を執拗に誹謗中傷してきた新聞だけあり、掌返しによる猛批判を回避する狙いでもあるのかと察した。

魔理沙)産経は悔し涙が溢れる社説なのに対し、朝日は自分たちが犯したことに対する「戒め」みたいなのもあるのかも、だぜ?

霊夢)今更ここで「安倍氏への暴力反対!」と朝日新聞(+毎日・東京・共同など)が叫んでも、元々、言論の自由をいいことに安倍氏に対する誹謗中傷をしてきたの、お宅の新聞じゃない(笑)とツッコまれても仕方ないわよね。

安倍氏の遺体画像(グロ注意)

 西日本新聞産経新聞(九州・山口版)は、共同通信から送られてきた安倍氏襲撃直後の様子が掲載されている。但し、産経では流血表現を抑えるために画像加工しているのに対し、西日本では流血シーンをそのまま載せている。

 毎日新聞は偶然そこにいた記者(カメラマン)が撮影した、断末魔の様子を無修正で掲載。蘇生手術を行った奈良県立医科大の会見にもあった通り、安倍氏が銃撃された箇所は喉元と心臓部に近い所であり、貫通して大量の出血が出ている様子がそのまま載っている。

 読売新聞は救急車で運ばれる様子、朝日新聞日本経済新聞は未掲載。

 遺体を掲載するかどうかは報道機関によって解釈が異なる。載せることで事件の重大さを伝える役割がある一方、載せることで読者が不快感を示すのを出来るだけ避ける(暴力行為の助長を回避)見方も出来る。

評伝

 安倍氏の唐突な別れに、新聞社も慌てて評伝を書いているように見えた。取りあえず過去の安倍氏の取り組みを元に、良かった所・悪かった所をピンポイントで載せて対応する様子が窺える。

魔理沙)突然の訃報でも、しっかりと安倍氏の人物像を描けた新聞は……アノ新聞だぜ?

 「現実主義を求めた総理大臣、キレッキレな安倍氏も、実はどこかニッコリと素顔が見える」、そんなことを書いたのがよりによって朝日新聞ってのは、何だか不快感でしかないんだが……。(個人差)

 なお、在福においては、全ての新聞で安倍氏の評伝をその新聞社が執筆しており、他の地方紙では共同通信の記事を流用している恐れがある。また、産経新聞に関しては評伝のコーナーがない代わりに、長らく安倍氏と共に政策提言を続けてきた、論説・編集委員の阿比留記者が産経新聞社の公式見解として、実質評伝となる記事を執筆なさっている。

不自然なACジャパンの広告

 朝日新聞・読売新聞の広告欄には、不自然に無料広告のACジャパンに差し替えられた痕跡が残されている。この部分、本来は自由民主党の選挙広告を掲載する予定があったのではと推測したが、どうだろう?

普通、読売や朝日はACジャパンを載せることはない。やはり不自然。

現実と理想を追いかける政治家が育つ土壌を

 時の政権と激しく対峙してきたメディアも、最期はちゃんと紙面の世界で仲直りって姿勢を見る当たり、元々安倍氏を陰ながら応援してきた私にすれば不快感の方が先に出る。一方で、集団的自衛権の一部容認や、共謀罪改めテロ等準備罪国民投票法の改正・機密情報保護法の改正といった、日本国家を守り抜くための礎を創り上げた安倍氏は、次の世代を担う若年者層を中心に人気を誇っていたのは納得がいく。

 好き嫌い分かれる首相でありながらも、日本国という島国の範囲内で完結させるのではなく、揺れ動く世界情勢にもしっかりと気配りをし、様々な首脳とも上手く根回し・交渉をし続けた安倍氏は、まさに理想の総理大臣だったかなと思う。

 左派(というより反政府勢力)を中心に安倍氏への誹謗中傷・ヘイトスピーチが相次いだが、そうした勢力に負けじと前進する姿は、評価に値する。安倍氏が暴力的手段で倒されたとしても、残された政治家や日本人は、彼の意思をしっかりと受け継ぎ、世の中は常に変化と共に生きていることを自覚し、誇りに思う存在でありたい。それを理解し、行動できた首相ほど、「伝説~レジェンド~」として語り継がれていくのだ。

犯人とイキすぎた反政府勢力に、法による裁きを。

 なお、読売新聞の政治面では、安倍氏に対する誹謗中傷・ヘイトスピーチをロコツに叫んでいた者たちへの厳しい批判が掲載されている。ヘイトを叫んだ当人たちは、色々と理由付けて正当性を叫ぶだろうが、ごく普通の庶民の感覚・マジョリティからしたら「ウザい」としか思われない。この点、どの新聞社以上に冷静な判断を示したものと捉えている。